アーティスト 石澤暁夫(イシザワアケオ)

Artist AKEO ISHIZAWA石澤 暁夫

AKEO ISHIZAWA 石澤 暁夫

屋外広告のデザイン・製作・施工を主業務とするかたわらで、アート性の豊かなオブジェやモニュメントを生み出し、地域の空間に多彩な彩りを与えてきた、彼が目指すもの。
それは、アートと日常生活の、巧みな融合です。
石澤暁夫は、こう語ります。

「絵画をサインやモニュメント、ディスプレイの中に取り入れることは、デザインの枠の中にアートを上手く落とし込むということにつながります。それは、エーアイサインの作品の幅を広げて、より自由に、誰も見たことのない感動をつくりだしていきたいと常に思っています」

これは、サインやオブジェといった広告物の未来を広げていくための、大きな挑戦でもあります。

本ページでは、その挑戦の軌跡を、皆さまにご紹介させて頂きます。

PROFILE

1961年青森県常盤村(現:藤崎町)生まれ
1995年国展 絵画部門 入選
2002年アート展(常盤ふるさと資料館あすか)
2004年青森県美術展油彩部門 特選
2004年アート展(青森市浪岡 中世の館)
2010年日本・フランス現代美術世界展 入選
2010年アート展(青森市浪岡 中世の館)
2010年第41回欧美国際フランス美術賞展 入選
2010年サロンド トーヌ展(パリ) 入選
2010年現代美術の展望展北東北展(青森県立美術館)
2010年パリ国際サロン(ミニ個展部門)出展
2011年アート展(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2011年アート展(青森市浪岡 中世の館)
2012年父子展(常盤ふるさと資料館 あすか)
2013年アート展(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2013年東京銀座ギャラリー美庵 個展
2013年ジャパンアートセレクションインニューヨーク展出品
2015年アート展(青森市浪岡 中世の館)
2016年アート展(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2017年伊藤二子×石澤暁夫(イシザワアケオ)スーパーコラボ展(青森県立美術館)
2018年国展 絵画部門 新人賞(入賞)
2019年ニューヨークART EXPO 2019出展 ※故 伊藤二子氏とのコラボ
2019年ART EXPO NY 2019出展記念 追悼スーパーコラボ展Vol.2「夢のかけら」(青森県立美術館)
2019年石澤信弥×石澤暁夫 父子展2019(常盤ふるさと資料館 あすか)
2020年作品展「岩木山百景を描く」(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2020年作品展「岩木山百景油絵展」(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2021年作品展「岩木山百景油絵展」(八戸市(株)八戸彩画堂2Fギャラリーアートフォース)
2021年作品展「岩木山百景No.101~150」(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2022年作品展「岩木山百景No.101~200」(青森市浪岡交流センター あぴねす)
2022年作品展「岩木山百景No.201~250」(八戸市(株)八戸彩画堂2Fギャラリーアートフォース)
2022年AKEO&KASACO 岩木山コラボ展(常盤ふるさと資料館 あすか・KASACO*HOUSE)
  • 国画会 会友
  • JIAS日本国際美術家協会 会員
  • 新エコールドパリ浮世・絵美術家協会 会員
  • 弘前工業高等学校インテリア科 特別講師
  • 藤崎町ふれあい教室 美術講師
  • 青森市立女鹿沢小学校 図工特別講師
  • 青森県景観アドバイザー

ART WORKS作品集

PAINTING

IWAKIYAMA

DISPLAY

MONUMENT

"Challenge for the future"未来への挑戦

サインの目的は思いを伝え情報を伝達することです。
機能性の中にアート性を組み込み、よりアーティスティックなサインをつくり、街を豊かに彩りたい、

これからもそんな創業時の思いを大切にデザイナー、アーティストとして生きていきたいと思っています。
私の夢はニューヨークにりんごのモニュメントを飾ることです。

EPISODEエピソード

神技に驚く

石澤暁夫 神技に驚く

高校3年の時企業訪問があり、弘前市内の看板屋に見学に行きました。そこで働く職人さんが下書きの原稿もなく、あたりの線があるだけでフリーハンドで滑らかに書くその神技に感動し、これは凄い!僕もこの技術を習得したい!という強烈な願望を抱き、この道に入る大きなきっかけとなりました。

上京 、歩いて看板屋を探す

地元で4年間勤めた後、東京で修行したいと思い上京。ツテもアテもなく山手線に乗り駅に降りて歩いて看板屋を探しました。渋谷、新宿、池袋。30数年前インターネットなるものもなくこの大都会で歩いて看板屋を探すというのは、ある意味無謀というものでしたが、二日目の夕方代々木のオリンピックセンターを歩いていたら外で何やらパネルに塗装をしている職人さんを見つけ、近づいて行くと「富士工芸社」の看板!飛び込みました。

「青森がらきたんだげど雇ってもらえませんか?」同じ東北、福島県出身の社長さんで、すぐ承諾してくれ2年間お世話になりました。今思うと奇跡的な出来事でした。バカと思えることも信じて行動することで、神さまのご加護があるようです。

道の駅のサイン、担当者の一言

道の駅アップルヒル シンボルサイン

道の駅アップルヒルのシンボルサインの依頼が地元の役場からありました。当時(23年前)県内でも早い取り組みで"道の駅"という名称も聞き慣れない言葉でした。 かっこいいデザインを考え提案したところ役所の担当者から「石澤さんあなたもっと違う芸術的なデザインできるでしょ!」と、意外な一言。

どこかにあるようなデザインでなくシンボリックにもっと独特なアート性のあるサインをつくってほしいということでした。 その時は一瞬ためらいましが、逆にとても嬉しく思いました。 何枚もスケッチをして、これだ!というデザインができ、模型もつくり提案したところ一回で快諾を得ました。

このことをきっかけに私の発想はかたちにとらわれず、よりアーティスティックな方向へシフトすることになりました。役所の担当者が私の能力を開花させてくれたことは、その後の仕事を展開するにあたり大きな一件になりました。

巨大マグロ モニュメント、自信のあるフリ

津軽海峡フェリー様からマグロのモニュメントの依頼を受けました。見積りも通りいざ発注というとき、担当者の方が「本当にエーアイサインさんで本物そっくりのリアルな造形ができますか?」と念を押され訊かれました。

なんども言われるので、一瞬私もひるみ思わず"初めてのことなので正直自信ありません"と言いそうになりましたが、「大丈夫出来ます!」と少しハッタリ状態で返事をし、自信のあるフリをしました。

いつも食べるマグロですが間近で見たことがないので、朝4時にさかな市場にいき間近で見せてもらい丁寧に観察し、それを参考にしながら作りました。製作の途中担当者の方が何度も視察、確認に訪れ、最後はとても喜んでくれ、製作スタッフと喜びと達成感を分かち合いました。

なんと渋谷のど真ん中にモニュメント!

バスケットボールストリート1周年記念 モニュメント(東京・渋谷)

バスケットボールストリート1周年記念の立体作品の依頼の電話がありました。 「そちらでモニュメントできますか?」標準語の女性の声。「はい、出来ます!」 渋谷のセンター街に加盟している広告代理店からの電話です。

「どうして弊社に?」の問いに「ホームページを見ました」と言い、まさしく垣根のないグローバルの波を実感しました。 半信半疑ながら見積を提出しその後一週間おきに「どうなっていますか?」のしつこい電話の後、私は一方的なデザイン提案をし、2カ月後プレゼンに持ち込みついに「御社に決めます」の返事を頂きました。奇跡的に大都会にモニュメント設置が現実のものとなりました。

渋谷区長、センター街理事長、関係者の方々とチアガールがパレードし除幕式をするという盛大なセレモニーが開かれ、私は感無量の喜びを味わいました。TVの中継等で必ず出てくるあのスクランブル交差点を渡りきった賑やかな場所にバスケットボールの形をした"諦めなかった証"いや"しつこかった証"がステンレスの光沢を放ち凛と立っています。

絵画と立体作品のアート展開催、アートを身近に感じてもらいたい

絵画・立体作品のアート展開催

若い時から絵を描いてきました。水彩、油絵の風景画。最近は石膏、アクリルを駆使して抽象画も描き、立体作品も飾り3年に一度くらいの頻度で展覧会を開催しています。

様々なジャンルの作品を飾り、感性に触れる機会に来場者にとても喜んでいただいています。仕事とは違い自由に描け、何にも誰にも縛られず出来上がった作品は格別なものがあります。 アートは自分の魂を伸び伸びと表現できる最高の手段です。

浪岡駅前広場にりんごのモニュメント「アップルハート」

りんごのモニュメント「アップルハート」(青森県・浪岡)

浪岡事務所の担当者からモニュメントの依頼がありました。新幹線開業に伴い浪岡駅も大規模にリニューアルされることになり、その広場に欲しいとのことでした。私は純粋に特産のりんごのモチーフでいこうと思いました。半年間の構想を経てようやく自分の納得するデザインが完成し、模型も作りプレゼン。すぐに上層部の快諾を得ることができ、担当者もとても喜んでくれました。人々の想い、地域の絆、勇気や元気をりんごの形とハートで表現しています。大小異なる大きさのパーツを複雑に組み合わせる構造は見る角度で全く印象が違い、10分の1の模型を作りイメージを掴んだのですが、実際の見え方は全く違うことは想像できました。そこでコンパネで原寸大の模型を作りパーツを組み合わせ、角度を変えてどこから見ても美しいフォルムを追求しました。何度も何度も組み直しを繰り返しようやく決まった時は丸3日を費やしていたことに気づきます。厚さ12ミリと16ミリの鉄板を加工し、重い鉄板を数人で抑えながら原寸模型と寸分違わず溶接していきます。コンパネと違い硬い鉄は全く融通が効かず組み立ては当然ながら難儀しました。ようやく完成した頃は職人も閉口していましたが、生みの苦しみの分出来た喜びは倍増。 駅前広場に建立された真っ赤なモニュメントは異彩を放ち誇らしげに輝いているよに見えます。

幻の除幕式

駅の開業に合わせアップルハートの除幕式が執り行われました。4メートルのモニュメントに白い布を覆い被せ、報道陣も集まりその時を心待ちにしていました。いよいよ関係者がロープを引こうとしたその瞬間、突風が吹き上がり白い大きな布は悲鳴と共に遠くに飛んでいってしまいました。除幕式は幻に終わったのです。 神様のいたずらとは正にこのことを言うのだと思いました。さすがにTVにはそこは流れませんでしたが…。

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